原州室内屋台村~江原道・原州(ウォンジュ)
 2013/02/24 改:2017/06/08 吉村剛史(トム・ハングル)

ソウルの鍾路周辺、大通りから一歩足を踏み入れてみると、その細い路地は小さな飲食店でぎっしり埋め尽くされ、アジュンマたちがせっせとお店を切り盛りしてる姿が見られます。

そのお店は見るからに古びた木造の建物であることもあり、年紀の入った壁や床、テーブルにほの温かい照明がふりかかっていたり、物価上昇のあおりをうけた価格表は、上からペンでなぞって書き換えられていたり。

長年多くの人がお店を訪れ、食事をし、お酒を楽しむ。その日々の営みが積み重なって、情緒ある雰囲気が出るのではないかと思います。

秋のはじまり、江原道・原州(ウォンジュ)室内屋台村へ

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[KORAIL原州駅]

秋のはじまりのある日、江原道へ向かった私は、夜、ふとしたきっかけで原州へとどまることになります。バスターミナルで無線Wifiを広い、どこか良いところはないかと調べてみました。

出てきたのはマッコリ紀行家として知られる、鄭銀淑(チョン・ウンスク)さんの記事。それは原州民俗風物市場、哀愁漂う原州室内屋台村の話でした。

地図を調べてみると、そう遠くないことがわかったので、今回はタクシーで移動します。およそ7、8分の距離だったのでしょうか。

長屋ともいうべく、ガード下に300mほど続くこの屋台村はみるからに古めかしい感じ。あたりは薄暗い感く、街灯があるとはいえ室内から漏れる光が道を明るくしているようです。

決して怖さを感じるものではなく、昔からある建物がそうさせているように思います。

古いプレハブ校舎のような廊下

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入口には「실내포장마차(室内ポジャンマチャ)」と掲げられた看板が1つの明かりで照らされています。中に入ってみると、古くなったプレハブ校舎とでもいうようなイメージ。狭い廊下の片側にお店が並んでいて営業しているお店、閉まっているお店がまだらです。

こんな雰囲気に懐かしさというのか、珍しさを感じ、写真を撮っていると、歩いている警備員のアジョッシに何を撮っているのかと声をかけられます。

率直にそのわけを話すと「そうかい」と笑いながら通り過ぎていきました。

店はそのすべてが外から見えないようになっており、中からは声だけがお酒を飲む人たちの声が聞こえてきます。正直なところ、そのドアを開けるのには心なしか勇気がいります。

人情と人間味が感じられる屋台

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(写真はイメージです。看板と入ったお店は関係ありません)

どの店に入ろうかと、少しだけあいたドアの隙間からお店の様子がうかがうと、酔いつぶれてお店のアジュンマにたしなめられている人もいるようです。

ソウルの繁華街の居酒屋では感じることができないであろう、人間味に満ちた場所。ここでお酒を飲むことによって人間の弱い部分までもがさらけ出せるような、そんな独特な雰囲気を持っているように思うのです。

露店商がこの場所に集まって形成

お店での出来事に入る前に、室内屋台村のことを簡単に書いておきましょう。鄭銀淑さんの記事の内容を手掛かりに、お店のアジュンマに室内屋台村の由来をちょっと尋ねてみました。

原州の室内屋台村(室内ポジャンマチャ)は、88年のソウルオリンピックを契機に、屋台がこの場所に集められて始まったのだとのことです。

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<廊下の様子(お店の看板の写真はイメージです。)>

ソウルにも清渓川の再開発前、高架道路の下で営業していたノミ市が、再開発のために東大門運動場へと移り、現在のソウル風物市場に移動した例があります。

それはつい最近、2000年代の話。露天商のこのような例は珍しい話ではないようです。

お店に入ってマッコルリを注文

なんとなく入りやすそうなお店を直感で決め、引き戸を開けると、自分のような若い男が入ってきたという珍しさと、外国人だということに少し驚かれたような印象を受けましたが、ひょこりとカウンターに座りました。

4坪~5坪くらいのお店でしょうか。お店の半分は座敷になっていて、お膳と小さなテレビがあり、4人座るのがやっとという広さ、あとは台所兼カウンターです。

とくに値段も書いていないので、入口のガラスにメニューが書いてあるものを読み、カムジャジョンと(じゃがいもチヂミ)とマッコルリを注文しました。マッコリを切らした、といい近くに買いにいったようです。

カムジャジョンをつまみにしながら、原州の「雉岳山(チアクサン)」というマッコリを飲んでいました。

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[原州のマッコリ「雉岳山」とカムジャジョン(ジャガイモチヂミ)]

海外へ子どもを送り出す親たち

お店のアジュンマは私を見て「息子みたいだ」といいます。珍しく若い男が店に来たのだそうです。

私が日本から来てソウルで韓国語を勉強していると話すと、親戚の子も日本に留学しているのだといいます。

「留学しているのは、あなたと同じくらいの年の子よ」

さっそくその親戚に電話をかけだし、私に携帯電話を差し出し、その親戚のおばさんと話します。韓国にいると、こういうのはとてもよくあります。

娘さんが東京のとある大学に通っているようで、そのお母さんはその大学の名前を口にします。

私も知っている大学だったので、「あ、知ってますよ!」と話すとなんとなく安心した模様。お金を払って送り出す身とするとやっぱり気になるのでしょう。

韓国は内需よりも貿易に頼る経済構造のため、就職に外国語は必須といわれています。

本当に英語や第2外国語が必要なのか?というような仕事でも、外国語能力を見られるといい、履歴書には英語の試験の成績も書く欄が必ずあるのだとか。

そのため韓国の親たちは息子や娘に海外経験を積ませようと、海外に送り出します。父親だけが韓国に残り、幼い子どもと妻を海外に住ませて生活費を送る「キロギアッパ(雁お父さん)」という言葉が生まれたことからも、その教育熱の高さがわかります。

以前、釜山でタクシーに乗ったときにも、「うちの娘も日本に留学しているよ」という話をしたことはありますし、このように地方からも子どもを日本に送り出すという話も決して珍しいことではありません。(続)

注:あまり個人が特定されてもよくないので、ちょっとした日常会話としてみてください。

韓国の厚い人情を感じる

この日、私はとてもおなかが空いていました。その食べるのが早さをみてなのかはわかりませんが、残っていた粉でもう一枚焼き始め、私のお皿に載せてくれました。

繰り返し繰り返し「息子みたいだ」といいながら・・・。

さらに今度はカムジャジョンを食べる終わる前から、ソモリクッパプ(牛の頭の肉のスープご飯)を作りはじめ、さらには「卵食べられる?」と聞き、卵を割って鍋のなかに入れます。

果たしてこんなに食べられるのかと思いながら、マッコルリを飲み、スープをすすります。

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[ソモリクッパプとカムジャジョン、そしてマッコルリ]

庶民のお店

「ここは庶民が来る場所なの、「庶民」って言葉わかるでしょ、「あまりお金がない人たちのことをいうのよ」と小さい声で私に話します。

たしかにそのようなマイナス面はあるかもしれない、けれども、何か無機質で他人行儀に感じられる繁華街に比べたら、人間らしさが感じられて良いと思うのです。

つまり、それは韓国語でいう「サラム ネムセ」。「人のにおい」と訳しますが、この言葉が表しているのはこのことではないでしょうか。

こんなふうに人情が感じられる食堂や屋台が好きです。日本でも地方に旅に出れば、その土地の人たちの心遣いが感じられるでしょうけれど、韓国人自身が韓国人の性質を表すときに「情」ということばを使うのは、ここにあるのだと思います。

初対面でもなんとなく距離が近い感覚。そんなところが韓国の好きなところです。

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[市場のゲート]

アジュンマの温かさに惹かれて

いろいろと話しながら、1時間半くらいその店にいたでしょうか。あまりにもたくさん食べたので、20,000ウォンを手に持って用意すると、
「カムジャジョンとマッコルリで8000ウォン」というのです。

「さすがにそこまでは悪い」といったのですが、「おばちゃんのごちそうだからね、息子みたいだからサービスしたんだよ、また来てね」
といい自分の電話番号を書き始めました。

後ろの座敷に座ってお酒を飲んでいたおじさんが、「原州にはこんなにいいアジュンマがいるんだね」と笑顔でいい、お礼を言って店を出ました。この温かさに惹かれ、このお店にもう一度行ってみたことは言うまでもありません。(完)

【アクセス】
KORAIL原州駅から徒歩20分程度
原州駅もしくは原州バスターミナルからタクシーで7、8分程度


記事に関連するエリア情報はこちら:江原道原州


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トム・ハングル(吉村剛史)
吉村剛史(よしむら・たけし) 1986年生まれ。韓国旅行・地方旅の総合発信者。2012年に韓国文化誌『スッカラ』でデビュー、その後韓国旅行、語学Webの編集・ライターを経て、講座、トークイベントでの発信も。これまで韓国100市郡以上を踏破。平昌五輪開催の江原道公式ブログにも寄稿中。プロフィールお問い合わせ


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