浦項(ポハン)の旅~製鉄所の町と九龍浦旧日本人家屋街
 2011/12/17 改:2016/08/02 吉村剛史(トム・ハングル)

2011年7月、韓国の第三の都市といわれる大邱から、永川(ヨンチョン)を経て東海岸へとやってきた。
韓国最大の製鉄会社、ポスコのお膝元として知られる慶尚北道・浦項(ポハン)
釜山からは北方向に約100km、バスで1時間半ほどの距離である。

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到着したときにはすでに午後3時をまわり、
ざっと見積っても日没までは4時間ほどしかない。
バスターミナル前の観光案内所に相談してみることにした。

観光案内所は私のような外国人旅行者にとって非常に役に立つ。
とりわけ主要都市には日本語を話せるスタッフがおり、
地域の見どころや食堂、そして交通手段などを教えてくれたりもする。

「こちらのほうに行ってみてはいかがですか?」
スタッフの女性は観光地図を広げ、日本海(東海)へと
ひょっこり飛び出すような地形をしたその先端、虎尾串(ホミゴッ)を指差した。

途中にはかつての日本家屋が立ち並ぶ九龍浦(クリョンポ)がある。
植民地時代に韓国に残された昭和の日本の建物を見ておきたいと思っていたのだ。

どのくらいで着くのかと尋ねると、女性は開いた地図を指でたどりながら、
九龍浦までは200番バスで40分、そこからマウルバスで20分、
計4時間あれば戻って来られるという。

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バス停の路線図を見ると200番バスは11分間隔での運行だと書いてある。
ひっきりなしに別方面への路線バスがとまり、客を乗せては通り過ぎていく。
目的地へ行くバスはまだかと、バスの行先表示をひたすら目で追い続ける。

しかし、ちょっと目をそらしたすきに200番バスはやってきたらしく、
気づいた時には私の立っている位置から30mほど離れたところに止まり
走ろうと思ったときにはもう出発してしまったのだ。

韓国を旅しているとこんなことは日常茶飯事だ。
バス停の前で待っていても目の前には止まってくれないことが多く、
お目当てのバスを見つけるやいなや、ドアに向かって一目散に走る人の姿をよく見る。

結局30分くらい待っただろうか、ようやくバスに乗り込んだ。
バスは傾きかけた日差しを背に東方向へと進んでいく。
しばらくしたところで突然、カラフルで巨大な煙突群が川の向こうに現れた。

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ポスコ(POSCO)の製鉄所である。
オレンジ、ピンク、グリーンなどの煙突が雲一つない青空をバックに映える。
そして工場のタンクと一緒に見るとまるで要塞のようだ。

1968年に浦項総合製鉄株式会社として設立し、
日本の技術指導も受けながら今や世界的な企業へと発展した。

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兄山江を渡ると、270万坪にも及ぶ巨大な敷地にポスコの製鉄所や本社がある。
「資源は有限、創意は無限」という文字が大きく掲げられている入口を横目にバスは進んでいく。

浦項市がPowerful Pohangという力強いスローガンをつけたのは
きっとこの製鉄所の存在も大きいはずだ。(続)

製鉄所を通り越したバスは夏野を駆け抜ける。
海沿いの浦項(ポハン)。いつになったら海が見えてくるのかと待ちわびていた。
バスターミナルからおよそ40分が経過し、ようやく海が見えてきた。

バスの自動アナウンスからも九龍浦(クリョンポ)という
地名が聞こえ、そろそろ降りようとタイミングを見計らった。

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「ア~、パダネムセ!(あ~、海のにおい!)」

バスを降りると、そばにいた大学生らしきグループからこんな声が聞こえてきた。
サークルの旅行で遊びに来たのだろうか。

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日差しはだんだんと弱まってきているが、
空には気持ちの良い夏の青い空が広がっている。

小さな港には中型の漁船が何隻か停泊しており、
穏やかな海に面して走る道路には自身の長い影が映る。

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案内所でもらったパンフレットを片手に日本人家屋通りを探しながら歩き回るのだが、
図柄入りの地図で大まかに描かれているのでわかりにくい。
道を尋ねながらようやくたどり着く。

日本人家屋は戦後、敵産家屋と呼ばれ破壊の対象になっていた。
しかし現在では保存の動きも出てきており、
この九龍浦地区も近年、観光資源として利用されるようになった。

日本人が引き上げたあとは韓国人がそこに住むようになり、
現在もなお民家として使われている。

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日本語で書かれた当時の九龍浦市街図や建物の写真が民家の外壁にかけられ、
その時代と今を比較できるようになっているのである。

街を歩いてみると当時の雰囲気がそのまま感じられ、
まるでタイムスリップをしたかのような気分になれる。

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子どもたちがこの路地を走り回り、和服姿の人たちも
この道を歩いていたのだろうか。そんな光景が浮かんでくる。

通りの真ん中あたりには石段があり、
それを登るとかつて神社が建っていたという小さな公園がある。
そこからは街の姿と漁船の浮かぶ小さな港を見下ろすことができる。

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もちろん日本と海を隔てた朝鮮半島で見る昭和の風景は、
「植民地支配」という言葉がもつマイナスの印象を完全に拭い去ることはできない。

当然ながらこの街並みを「忌まわしい歴史の一コマ」と考える人ががいることも事実であろう。
しかし、当時の方々にとっては昔を懐かしむ対象物でもあるはずだ。

その時代を知らない私たちから見る古ぼけたレトロな街並みは
哀愁漂い心にしみる光景でもある。ある意味では新奇的だ。

当時の日本人は水平線のかなたに浮かぶ故郷を
思い浮かべながら過ごしてきたのだろうか。

一方で当時の韓国の方々は突然自分たちの土地に移り住んできた日本人を
どのように思っていたのだろうか。
そんなことを考えながら日本家屋通りを歩いていた。

日もだいぶ暮れかけてきたが、九龍浦からさらに北へ進む。

朝鮮半島の地図を見ると慶尚北道のあたりにまるでフックのように
ひょっこりと日本海へ飛び出した地形があるのだが、
そのほぼ先端にあたるのが虎尾串(ホミゴッ)である。

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↑虎尾串ではトラの絵が描かれているのが見られる

フックのように、とは述べたが、
この地名は朝鮮時代の風水地理学者・南師古によるもので
朝鮮半島の地形を虎に例えるならば虎尾串はその尾の部分にあたるのだという。

朝鮮半島で一番先に日が昇る場所とも言われており
その事実は19世紀の地理学者、金正浩の実測で明らかになった(※)
2000年の1月1日にはミレニアムの記念行事が行われた場所だ。

そんな場所に夕方に訪れるというのもどうかと思ったが、
海岸線に沿ったドライブコースとしても有名な場所らしい。
九龍浦から虎尾串まではバスで行けると聞いていたが、バス停もなかなか見つからない。

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仕方なく北に向かうタクシーをつかまえようと、
雲一つない青空のもと、海岸道路を歩いていた。
しばらくすると黒いタクシーが走ってきたので手をあげて車を止めた。

タクシーは行き先を聞くや、メーターを倒さずに走り出す。
怖くなり慌てて指摘すると、13000ウォンと決まっているといいつつも
運転手はその時点でメーターを動かした。
車はぐんぐんとスピードをあげ、あっという間に120キロを表示する。

地方のタクシーはかなりのスピードを出すことが多い。
右手に海岸線を眺めながら、勢いよく北上していった。
 
およそ10分で虎尾串の駐車場に車がとまり到着。
運転手は「10000ウォンでいいよ!」と言い、タクシーを降りた。

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↑夕方には海面から出ている手ではなく陸地側の手が太陽をつかむ

海へとつながる広場の入り口から海岸を見渡すと巨大な手のブロンズ像が見える。
海面から飛び出す手と陸地側からの手が対になっているのである。

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傾きかけた日差しの下、鮮やかなパラソルを差した露店では
ナマコ(해삼)やホヤ(멍게)と書かれた立て看板もあり、
まさに海ならではの光景だ。

強い日差しを避けて屋台のテーブルに座っている人もいれば、
記念撮影をしているカップルもいる。大きな手の指先には白い鳥がとまっている。
それぞれみな夏の思い出を作っているのだろうか。

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電話でタクシーを呼び、バスに乗るため九龍浦まで戻る。
夕暮れの砂浜はうっすらと赤く染まる。

サングラスをかけた運転手が「バスが少ないから不便でしょ」と言いながら、
この周辺のことをいろいろと話してくれた。

そして市街地へと戻るバス停の前でタクシーを降りた。
しばらくしてバスがやってくると、さっきのタクシーの運転手が
「それに乗れ!」と手ぶりで合図をする。

会釈をしてバスに乗り込もうとすると
タクシーの運転手は笑顔で見送ってくれた。

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※朝鮮半島でいちばん最初に日が昇る場所と謳うのは
蔚山広域市の艮絶串も同様であるが、
その事実は季節によっても異なるらしい。

★アクセス
浦項バスターミナルから200番バスに乗り、終点の九龍浦で下車。
そこから虎尾串までは約11キロほど。タクシーで13000ウォン前後。

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トム・ハングル(吉村剛史)
吉村剛史(よしむら・たけし) 1986年生まれ。韓国旅行・地方旅の総合発信者。2012年に韓国文化誌『スッカラ』でデビュー、その後韓国旅行、語学Webの編集・ライターを経て、講座、トークイベントでの発信も。これまで韓国100市郡以上を踏破。平昌五輪開催の江原道公式ブログにも寄稿中。プロフィールお問い合わせ


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