覆盆子(ポップンジャ)と文化遺跡の町~全羅北道・高敞(コチャン)
 2011/05/08 改:2016/07/06 吉村剛史(トム・ハングル)

2010年3月13日、全羅北道・高敞(コチャン)郡へ。旅行ガイドにはわずかばかりのスペースに書かれている程度で、見落としてしまいがちだが、注目すべき町である。

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女性にも人気があり、ラズベリー酒として日本でも販売されている、「覆盆子酒(ポップンジャ)」の産地としても知られている。さらに世界文化遺産となっている支石墓群も注目されている場所だ。

そんなことも知らずに江南(カンナム)発の高速バスに乗っていた。私にとって初めてのの韓国人の友人が田舎に帰ったと聞き、さっそく遊びに行ってみよう、と思ったのである。もちろん初めて行く場所は不安も大きい。江南高速バスターミナルからの所要時間は3時間30分。友人には会うことができるのだろうか、と。

バスの座席に座ってガイドブックを眺めていると、がっしりとした体型の方が横に座り、その方に話しかけられたのである。韓国の大手菓子メーカー、HAITAI(ヘテ)で働く30歳前後の男性。

「イルボネソ オシヌンゴエヨ?(日本からいらっしゃったんですか?)」と隣から声をかけられたのは、全羅北道・高敞(コチャン)へ向かう高速バスの中でのこと。隣の席に座った男性は30歳前後。わりとがっしりとした体型でしたが、とても優しそうな方でした。

「うちの会社で作っているガムです」といいながら差し出してくれたのは、韓国大手メーカー・HAITAI(ヘテ)のガム。実はそのとき、この会社のことを知らなかったのです。

「日本も最近は景気が悪いですよね?」
「輸出しているポトワップル(バターワッフル)が売れなくて…」

と聞いたときに、ピン!と来ました。
「私、韓国のお菓子の中でバターワッフルが一番好きなんです」

そんな話をしていたらトイレ休憩のときに、パーキングエリアでで飲み物と、バターワッフルなどのHAITAIの製品を買ってプレゼントしてくれたのです。

その後も何気ない会話をしがながら高敞へ向かいました。韓国語が聞き取れない部分が多々あり、それどころか会話が噛み合わないこともあったと思います。けれども旅先で、しかも韓国でこんな何気ない会話をし、親切にしてくれたのがとっても嬉しかったです。こんなことがあるのも1人旅の醍醐味!韓国の人の温かさに触れられたひとときでした。

その方にガムをもらったり、サービスエリアでバターワッフルを買っていただいたりするなど、親切にしていただき、長い道のりが楽しいものとなった。

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高敞(コチャン)のターミナルに到着したのはちょうど昼食の時間。「新大久保で食べられないものが食べたい」と話したものの、「あそこにはほとんどのものがあるから…」という返答。「だけど新大久保の味と韓国の味は違うよ」と言われ、カムジャタンを食べることになった。

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食してみるとスープは牛の背骨を長時間煮込まれているためなのか、日本では今まで口にしたことがないような深みのある味だ。全羅道だからこうした味を出すのだろうか。

「これが韓国の味」だと友人は言っていた。コクがあり美味しいのだが、日本人の私にはとっては独特の味に感じられる。新大久保などでこの味を再現したら、人気店までにはならないであろう。食事を終え、友人の車に乗って案内をしてもらうことになった。左ハンドル車の助手席に座り、地方の市街地の様子を見回していた。

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気づいたのは路上駐車の多さ。おびただしい数の車が並んでいるのである。なぜ韓国にはこんなに路上駐車が多いのか、と不思議に思ったのだが、
地方だけでなく都市の住宅街もこのような光景である。

一軒家であっても日本の家のように車庫がないのである。韓国では車庫証明をとる必要がないのだとか。そんなことに少々カルチャーショックを受けていた。車はバスターミナルから5分ほどの位置にある、高敞邑城(コチャンウプソン)の前で止まった。

●高敞邑城へ

ソウルから高速バスで3時間半の長い道のりを経て、全羅北道・高敞まではるばるやってきた私。この地を故郷にもつ友人に連れられ、訪れたのが高敞邑城だ。

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牟陽城(モヤンソン)と呼ばれる高敞邑城は、朝鮮時代初期の1453年、日本の侵攻を防ぐために住民たちが自然石を利用し、築城したのだという。

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「日本の侵攻」という話が出ると、その友人とは日韓の深い溝を感じさせる議論が飛び交う。韓国人でも意見はさまざまだが、この話題は避けては通れない。

もちろん友人としての関係はまた別の話である。熱く議論を交わすことも、それはそれで楽しみの1つである。いくら話したからといって結論が出る話ではないのだけれども。

この高敞邑城は「チャングムの誓い」の撮影にも使われたようだ。春にはレンギョウやツツジが咲き、美しい光景が見られるというが、まだ3月ということもあり、草花を楽しむには少し寂しい季節である。

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しかし色彩が乏しいとはいえ、この落ちついた雰囲気がまた良い。老松、そして孟宗竹が生い茂る林のなかにいると、心のなかに潜んでいるわだかまりがフッと抜けたような気持ちになる。

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城郭内には官庁、客舎、獄などさまざまな建物が配置され、この時代の人々の生活の様子を示す人形もおかれている。ゆったりとした気持ちで歴史散策ができるのである。

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城の周囲はなんと1684mにも及ぶ、という。ひとつひとつ石が敷き詰められ、4~6mまで積まれた城壁。この上を歩くこともできる。石を頭に載せて城を1周すると足の病気が治り、2周すると無病息災、3週すると極楽昇天する。そんな言い伝えもあるようだ。

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城壁に上がると稜線を歩いているようだ。北の方角には雲谷貯水池が見え、高敞の市街地をも見下ろせる。まだ冷たい風が通り抜けるものの、見晴らしはとても良い。

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地方の市街地。高い建物といえば団地ぐらいのもので、それ以上に目にとまるのは錘の上に十字架がついている建物だ。日本では考えられないほど多くの教会が見える。

その友人は無宗教だといい、勧誘されるのが嫌なのだと話していたが、韓国人はキリスト教を信仰する人が多いのも特徴だ。日曜日には毎週教会に通う人たちも数多くいる。

もちろんキリスト教に限らず、仏教を信仰する人もいる。卍のネックレスを首からかけている韓国人も見たことがあるのだが、日本と比較すると宗教がかなり身近なものとなっているようだ。

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そんなことを話し、いろいろと考えながら歩いているうちに、はじめに入ってきた北門まで戻ってきた。ゆったりとした、落ちついた雰囲気のなかを歩きながら、歴史に思いを馳せ、そして今現在のことを考えてみたりする。

さらには自分自身についても、普段の生活から少し距離を置き、少し立ち止まっていろいろと考えを巡らせてみる。都会から離れて、ちょっと散策してみるのも旅の楽しみである。

高敞についての予備知識をほとんど持っていなかった私。それもそのはず、ガイドブックには小さく取り上げられている程度。インターネットの情報もまだまだ少ない。

●禅雲寺(ソヌンサ)へ

高敞邑城を出発したが、果たしてどこに行くのかもわからないまま、ただ左ハンドル車の助手席に座り、移り変わる景色を眺めていた。対向車も少ない田舎の一本道を走り抜けていく。

韓国は右側通行、日本で車に乗る感覚とは違ったものである。力強く車を走らせる韓国映画のワンシーンにも出てきそうだ。日韓は似ているところが多いとはいえ、やはりここは外国だと感じた。

3,40分くらいかかっただろうか、中心市街地からは20キロほど離れた禅雲寺(ソヌンサ)に到着した。

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禅雲寺は百済時代の557年に建立された寺だが、文化資源としての寺がすばらしいだけではない。春にはツバキ、秋には紅葉といった自然景観もよい場所。この一帯は禅雲山道立公園に指定され、多くの人たちで賑わう。この日は土曜日ということもあり登山客も多い。

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派手なウインドブレーカーにリュックサックを身につけたおばさんたちが下山してくる姿が目立つが、多くの年代の人たちがここを訪れているようだ。3月中旬のこの日。寒さは和らいでいるものの木々はまだ裸の状態だ。春とは言い難くまだ晩冬というのがふさわしいだろう。

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少しだけ奥まで進んでいくと、森のなかを通る平坦な山道、その横を小川が流れる。葉のない木の透き間から空が見えるのは清々しい気持ちにさせてくれる。

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じっとここにとどまっているのにはまだ寒いが、旅の疲れが和らぐような、そんな場所である。どの時期に行こうとも、きっと山は多様な顔を見せてくれるだろう。

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さて入口付近には農・畜産物販売場もあり、高敞の名物である覆盆子(ポップンジャ)なども販売されている。私もお土産にといくつか買い込んだ。このあと友人の実家に立ち寄ったとき、その両親が自家製の覆盆子のほうが美味しいといってペットボトルに入れてくれた。

しかし、税関で止められるだろうと断ってしまった。さすがに日本に持ち帰るのは無理だろうが、飲むことができなかったのが今になって悔やまれる。

●九市浦海水浴場へ

ここまで、禅雲寺などを紹介する中で、高敞は山の地方なのか?と思われた方も少なくないかもしれない。だが、実際には黄海(韓国名:西海)に面した地域なのである。

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砂浜と道路を隔てる低い塀の前で車は止まった。あと1時間で海にもぐりこむであろう、早春の日差しは静かな海水浴場を照らす。

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人の姿がほとんど見られない3月の海岸、付近のお店や民宿はがらんどうだが、寂しさは感じられない。海水浴シーズンの訪れはもうそれほど遠い先ではないのだ。

九市浦(クシポ)海水浴場。この日は曇りがちの空だが、赤く染まった夕日が美しい、日の入りの名所だという(※1)。

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ついに韓国の西海岸までやってきたのだ。水平線のはるか向こう、中国大陸からも私と同じ海を眺めている人はきっといるだろう。

近くには全国的にも塩度が一番高いとされる九市浦の海水を利用した温浴施設があるという。訪れた際にはそこに立ち寄ってみるのもよいかもしれない(※2)。

●翌朝、世界遺産のコインドル遺跡へ

前日は高敞に住む友人の幼馴染みたちと、韓国ビール、HITEとCASSに酔いどれ、バスターミナル近くの温かいオンドルのモーテルで朝を迎えた。

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そのとき、ふと思いつく。「はて・・・ガイドブックには支石墓と書いてあったはず。」高敞の観光パンフレットを見ると、世界文化遺産と書いてある。前日に案内してもらったのは高敞邑城、そして禅雲寺。もちろんそれらも高敞の名所ではあるが、ここまで来て世界文化遺産を見ずに帰れるだろうか。

急いでモーテルを出て、バスターミナルに向かった。停車しているタクシーのドアをおそるおそる開けてみる。異国の地でタクシーに乗るというのにはまだ慣れていなかった。

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遺跡の玄関口に位置するのが、支石墓博物館である。建物へ入っていくと、スタッフの方に声をかけられた。その女性は韓国人と結婚し、10年以上も高敞に住んでいるのだという。

旅行中、日本語スタッフの方にお世話になることが多い。多少の会話ができたとしても、やはり専門的な用語は難解だ。このように各地で説明していただけるというのは嬉しい。

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竪穴式住居

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碁盤式の支石墓

高敞支石墓遺跡は約2.5キロの範囲に447基の支石墓が分布。さらにテーブル式、碁盤式、蓋石式、地上石槨式といった多種の形式に接することができるという点で価値がある。

支石墓(コインドル)は朝鮮半島の青銅器時代に作られた権力者の墓。世界各地にも存在するが、朝鮮半島に最も多く分布しているという。博物館を案内していただいたあと、支石墓を見物するための列車が走ると聞き、しばらく待っていたのだが、天候不順のため運行されなかった。

しかし、パンフレットにあった巨大な支石墓に目を引かれ、徒歩で行ってみようかとも考えたが、時間の都合もあり断念。博物館の近辺に位置するものを見てまわることにした。

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遺跡の周辺は農地である。3月という時期もあってか荒野にも見えるのだが、何か作物でも作っているのだろうか。それにしてものどかな風景だ。

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そして小高い丘とでも言おうか、その裾には数多くのコインドルが点在している。

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大小、様々な形ではあるが、これらを運ぶのに、古代の人たちはかなりの労力を費やしたに違いない。先人たちはどんな思いで有力者たちの墓を建てたのだろうか。30分ほどいろいろな形の支石墓をみてまわったが、やはり巨大なものを見ておきたかったという気持ちが尾を引く。けれども今回は仕方なしに戻ることにした。

博物館のスタッフの方にタクシーを呼んでもらい、バスターミナルまで戻ることにした。この後、思いがけない良い出来事に遭遇したのである。巨大な支石墓を見ることができず、わずかばかり残念な気持ちでいた私であったが、

博物館の方に呼んでいただいたタクシーに乗り、次の都市へ向かうためバスナーミナルに戻ることにした。

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博物館前の広場

50代くらいのタクシーの運転手だった。支石墓(コインドル)を見てきたか、と尋ねるので、天候不良で奥まで行けなかったことを伝えた。すると、いいところがあると言うので、遠回りされたら不安だとは思いつつも行先は運転手のハンドルにゆだねることにしてみた。

もちろん、実際は遠回りなどするはずもなく、あとから考えてみても距離的にはほとんど変わらず、ほんの少し脇道にそれただけの場所であった。
タクシーは家がところどころに建っている小さな丘の細い小道を上がっていき、とある一軒の古い民家の前で止まった。

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運転手がドアを開けて降り、門のなかへと入っていく。私もそれに続いていくと、庭には甕がいくつか置いてある。そして家の裏手には大きな支石墓があったのだ。私の背よりも高いだろう、2メートル、それ以上の高さがあるかもしれない。しっかりとした、きれいな形の巨大なコインドルである。

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道山里(トサンリ)にある2443番の支石墓。支石墓探訪の第6コースに位置する5基のうちの1つだ。訪れたそのときには何も知らなかった。歴史や遺跡にそれほど関心があるわけでもない私。それにしてもこの大きさのコインドルには度肝を抜かれた。これだけのスケールのものを見て心が洗われるような気持ちになった。

バスターミナルまではたった10分ほどの道のり。そのなかで運転手とはいろいろな話をした。

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タクシーの運転手

ひらがな、カタカナは勉強したけれども漢字は難しい。日本にも行ってみたいけれど、物価が高いから。一杯お酒を飲むにしても千円、二千円とかかってしまう、と話す。そんな何気ない会話だった。このブログでは何度も申し上げているが、旅先でのこんなちょっとした会話が面白いのである。

ひとり旅だからこそ、見知らぬ人と話す機会は増える。そして今回はタクシーの運転手にとても良い名所を教えてもらった。そしてバスターミナルの前でタクシーは止まった。メーターは9,300ウォンを指している(※)。300ウォンは切り捨ててくれた。お礼をいい、笑顔であいさつをした。気さくで、そして親切な運転手だった。

※高敞バスターミナルから支石墓博物館までは、タクシーで約10分ほど。料金は7,000ウォンほど。帰りのタクシーは迎車料金のため高くなっていると思われる。

全羅北道・高敞へ。1泊2日の旅。滞在時間はわずか24時間なのにもかかわらず、内容の濃い旅行だったことは間違いない。約5000~6000字にわたって、全羅北道・高敞を紹介してきた。文化、自然、そして特産物など多くの魅力があるこの地域。ぜひ一度訪れて、高敞のさらなる良さを発見していただければと思う。(高敞の旅・完)

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※1.12月31日には九市浦日の入り祭りが開かれ、催しが行われる。
※2.九市浦海水ワールド。海水温泉は美容にも効果的だという。
(参考記事)韓国観光公社東亜日報

※全羅北道・高敞郡
世界遺産の大規模な支石墓群、禅雲寺などで知られる。
覆盆子酒(クマイチゴ酒)、豊川ウナギ、スイカが特産品。
高敞郡ホームページ(日本語)

※全羅北道・高敞郡へのアクセス
ソウル・江南高速バスターミナルから約3時間30分。
料金は14300ウォン。50~60分間隔で発車。
全州からは市外バスで約1時間。
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トム・ハングル(吉村剛史)
吉村剛史(よしむら・たけし) 1986年生まれ。韓国旅行・地方旅の総合発信者。2012年に韓国文化誌『スッカラ』でデビュー、その後韓国旅行、語学Webの編集・ライターを経て、講座、トークイベントでの発信も。これまで韓国100市郡以上を踏破。平昌五輪開催の江原道公式ブログにも寄稿中。プロフィールお問い合わせ


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