アートがキラめく、韓国を代表するタルトンネ~釜山・甘川文化村
 吉村剛史(トム・ハングル)
 2015/09/06 改:2019/05/25 

韓国にはタルトンネ(タルドンネ)という街があります。直訳すると「月の街」となりますが、小高い丘の斜面にたくさんの家々が立ち並ぶ集落を、情緒ある言葉で表現した場所です。

タルトンネには、都市化が進む過程で移り住んできた人や、朝鮮戦争(1950-1953)により南北が分断され、故郷に帰れなくなった避難民たちが暮らすようになったといわれています。

斜面に家が建てられていたり、家にたどり着くために坂を登らなければならなかったり、という、ある意味では劣悪な環境でもあり、もともと貧困とも密接な関係にあるといわれています。

近年では朝鮮戦争後の当時の街並みや区画がそのまま保存されている、として、保存の動きが高まっているのです。参考:タルトンネ・壁画村

釜山の甘川文化村(カムチョンムナマウル)は、韓国のタルトンネのなかでも代表的な場所。

2007年の日本映画で、木村拓哉主演の映画『HERO』のロケ地にもなりました。松たか子とともに、贈収賄の事件の手がかりを求め、釜山までやってきたのです。

港町ながら山が多い釜山(プサン)

ソウルから、高速鉄道KTXで約2時間30分。列車を降りると潮風が心地よく吹き抜ける釜山駅。はるばるとやってきた実感がわきます。海を背にした釜山駅を出ると、目の前に広がるのは山の景色です。

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釜山は港町というイメージが強いのですが、実は釜山は山に囲まれた街。地下鉄の路線図と、地形図を照らし合わせると、山を囲むようにして路線が建設されています。実際、山腹地帯に暮らしている人も多いのです。

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釜山駅から地下鉄1号線に乗り、観光の中心地の南浦、チャガルチを通り越し土城(トソン)駅へ。

駅近くの病院の前から発車する小さなマウルバスは、勢いよく斜面を登っていきます。車窓から後ろを見渡すと海が広がり、夕陽が海面やビルや家々を照らします。

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私が甘川文化村に着いたのは午後5時半を回ってから。6時になるころから住民の方々が来訪者たちに出ていくように呼びかけます。ここは人々が実際に暮らす、住居空間。見学の時間が決められているのです。

国内、海外からも観光客が訪れる甘川文化村

翌朝、改めて甘川文化村に訪れました。事務所に訪れてパンフレットを購入します。パンフレットは2,000ウォン。建物の屋上は展望台になっており、街の様子が一望できます。

色とりどりに塗られた家々の様子。階段状に整然とまとまって建っているようで、どことなくまだらにも見えます。

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甘川洞(カムチョンドン)とよばれる地域は、朝鮮戦争当時、避難民たちが寄せ集まって形成された街。それぞれが配慮しあって家を建て、家の色はのちに住民たちが好きな色に塗ったといいます。

2009年の「夢見る釜山のマチュピチュ」というプロジェクトにより、芸術家と住民の手により街全体がアートとして施され、釜山を代表する観光地となりました。国内はもちろん海外からも観光客が訪れます。

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ちなみに朝鮮戦争の混乱の様子といえば、2014年に大ヒットを記録した映画『国際市場で逢いましょう』にも映し出されました。

北の興南埠頭から、命からがら逃げて釜山までやってきて、この地に定着するというストーリー。この街にもきっと、似たような状況を経験した方々がいらっしゃることでしょう

一緒に暮らしていた家族が、戦争により離れ離れになるという悲劇。同じ民族が戦った朝鮮戦争という歴史のなかに、タルトンネの街並みのなかに、当時の人々の生の記憶が詰め込まれているのです。

アートだけでなく街のすべてが芸術

街でパンフレットを広げてみていると、住民の方々が声をかけてくれました。ジェスチャーを交えながら「ここから順番に見ていくといいよ」と。

家の壁に描かれたアートもまた、順路を示す矢印。人がやっと通れるほどの家と家の隙間を歩きます。とある家の台所の小さな窓からはキムチの香りがふわり。物干し台の洗濯物さえも芸術作品の一部のよう。

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「こんなところまで見学コースにしていいの?」と思うほど、人々の暮らしに密接なところまで入り込めるのです。韓国の人々の暮らし、そのものが垣間見られる場所です。

旅の途中で住宅地を訪れるということは、一般的なツアーの観光でも個人旅行でも滅多にないことでしょう。それがかえって新鮮に感じられます。

芸術家たちによるアートもまた独創的。街を華やかに飾ります。それぞれの作家たちが、きっと魂を込めて作った作品だと思います。お気に入りの作品を探して歩くのも楽しみのひとつです。

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タルトンネ、住民たちにとっては迷惑!?

甘川文化村を歩いて見て、最も心配に感じたのは「住民にとって迷惑ではないのか?」ということ。広場で休んでいた住民の方と言葉を交わしたので、ふと尋ねてみました。

「住民の意見も半分半分」「門やドアを開けておけなくなった、という人もいるね。個人の観光客はそんなに気にならないけれども、団体客が来るとうるさいとか、そういう声はありますよ」。やはり賛否両論とのこと。

タルトンネに限らず住宅地が観光化されている例は、他にもあります。伝統家屋の街を観光化したソウル・北村韓屋村や全州韓屋村も同じです。

あるとき知人とのつながりで、全州韓屋村の近くに住んでいた方と出会ったのですが、「(観光客が多くて)うるさいから嫌だった」と話していました。

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2015年8月28日の国際新聞では、釜山発展研究院によるアンケート調査をもとに、甘川文化村の現状を報じています。

これによると住民200人中「甘川文化村の住民として誇りに思っていない」と答えた人が64.5%を占めたとのこと。経済効果がないことも一因だとしています。情報元:国際新聞(韓国語)

年々観光客が増加し、年間80万人が訪れる場所となったのに、雇用が増えていないというのです。実際、私が訪れた2012年5月当時、この地を訪れて見回してみても、目立ったお店があるわけでもありませんでした。

ようやく2015年8月になって国内からの観光客向けの民泊(民宿)がオープン、というニュースが伝えられている現状。

むしろ収益に結び付く施策を早く生み出していくほうがよいのかもしれません。

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甘川文化村、庶民の人々の暮らしが垣間見られる場所

住民の方からすれば、内心は迷惑だと思っているでしょう。しかしながら、観光客にはとても親切な甘川文化村の方々。質問して話を聞いたあとも、「せっかく来たんだから、写真撮って楽しんでいきなさい」と声を掛けてくれました。

街のところどころには、ハングルで注意書きが書かれています。「住居空間なので写真のプライバシーには配慮しましょう」という内容。最低限のマナーは守って見学したいものです。

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釜山・甘川文化村をはじめとするタルトンネ。至るところにアートが施され、本来芸術作品ではない建物や、掲示板すらも装飾の一部であるかのような、そんな錯覚に陥ります。

2014年3月の現地ニュースによれば、「第2、第3の甘川文化村が出てきた」という報道もされており、観光名所としてのタルトンネが登場することも期待されます。

いわゆるハコモノや歴史建造物などの観光スポットとは異なり、人々の暮らしぶりそのものがを感じられるというタルトンネ。韓国をあらゆる角度から見る視点のひとつを提供してくれているかのようです。

甘川文化村(カムチョンムナマウル)
アクセス:釜山地下鉄1号線土城駅6番出口。
釜山大学校病院前から2番系統のバス乗車約10分。

 

トム・ハングルの韓国旅行ひとこと
韓国は数多くのタルトンネがあるなかで、甘川文化村は韓国を代表するタルトンネとなっただけでなく、有名な観光地のひとつとなりました。しかし問題は、住民たちの心理的な負担を埋め合わせるような報酬を生みだしていないこと。観光地となったことが誇りにもつながっていない点は、精神的な面での報いすら受けられていない、ということなのです。

甘川文化村は観光客誘致という面では成功事例でありながらも、まだまだ課題が多いようです。私たち観光客に美しい風景を提供してくれるだけではなく地元住民にとってもプラスとなる、win-winの関係になることを願いたいと思います。

 

※この記事は2012年12月のブログ、2014年5月の亀戸文化センターでの講義内容をもとに、情報を付け加えて再編集したものです。




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